今日は朝から曇りでしたので「庭仕事をしよう!」と蚊取り線香を点けて庭に出ましたが11時過ぎから雨が降ってきました😢
あら!こんなところに「ネジバナが咲いているわ」と思っていましたが2本あったのにいつの間にか1本になっていました。バックにピントがいってしまいボケ写真ですが💦
マゴのハイビスカスも今年は蕾が落花しないで次々と咲いて優秀です。
【しろがねの葉】
昔は本が大好きでよく読んでいましたがマゴ🐶を飼うようになってからいつの間にか読まなくなりました。 でも今年の1月だったかに「直木賞受賞」の「千早茜さん作品」の紹介を読んだとき、内容が「石見銀山」での話というのを知りました。
石見銀山は去年島根県に行った時に行ったところです。
その「石見銀山で育った女性の一生」を書いた小説というのですぐに購入しました。
読み始めは難しい言葉や漢字が多かったのですが読んでいくうちに内容に引き込まれ
一気に読んでしましました。
むかし「読書感想文」の宿題が出ると、うまく書けなくてとても苦手でしたので 今回もたいした感想ではありません💦
銀山にある坑道の様子が目に浮かびます。坑道内で働く男性達は長生きしないで鉱山病で30歳前後で亡くなっていたそうなので女性は2度3度と結婚して男の子を生み坑道夫として送り出すのが当時の石見に暮らす女性達だったとも書かれていました。
小説の主人公の「ウメ」は小さい時に両親とはぐれて天才山師と言われた喜兵衛に育てられます。
坑道内に女性は入れないのですが子供の時のウメは入ります。夜目が効くので暗い坑道内でも自由に動き回って皆を驚かせますが、大人になってからは入れません。
ウメも2人の男性と結婚しますが鉱山病で亡くなる最初の夫(隼人)の最後の様子には夫の想いを知って涙が流れました。どの男性も若くして亡くなるからその後自分の妻が他の人と結婚するという事は当たり前のようなことだけど 皆 どんな思いで亡くなっていったのかしら。ちなみにウメが結婚したのは2人ですが最初に育ててくれた喜兵衛の事も愛していたと思うので生涯3人の男性を愛した事になるのでしょうか。
今は廃坑となっている石見銀山ですが銀が採れていた頃は山にも人が溢れ活気もあった事と思います。
小説の最後に「ウメが見下ろす大森の街の明かり」という場面が出てきますが 私達も石見銀山に行った時はこの江戸時代の街並みがそのまま残る「大森」の街並みを散策しました。
今でもその町並みは目に浮かびますが、銀山が発展していた頃はあの街の活気はどんなだったんだろうと想像します。
石見銀山では有料のボランティアガイドのおじさんが色々と説明しながら案内してくれましたのでよく分かりましたが 実際の石見銀山はあまりにも寂れていてちょっとガッカリしました。今回この小説を読んで最盛期の石見銀山の事がよく分かり 日本で唯一 世界でも知られた銀山が「400年も続いた」と言うのは凄いですね。
石見銀山迄の山道は木が生い茂り 昔どこに人が住んでいたのかしらと思うような山でした。
ガイドさんの説明では「向こうのあの辺りに抗夫達の家がたくさんあった」と言われましたが小説に書かれているような銀山での生活の様子は今、思い出してもあの山からは想像できませんでした。
【夏草の賦】
これは「司馬遼太郎」さんが書かれた本です(上巻は返してしまいました)
これは友人から「この間行った所の話で面白かったから」とまわってきた本です。
今年の5月に高知県に行った時、高知県の有名人という写真の中に「長曾我部という人の名前があったでしょう?!」と友人に言われましたがお侍さんの写真はあったように記憶していますが名前までは憶えていませんでした。
大河ドラマに取り上げて欲しい人のトップにもなった人だそうです。
高知県に行ってきた所だし「じゃ読んでみようかしら」と借りた本が読み終わりました。
これは戦国時代~安土桃山時代にかけての大名「長曾我部元親」という人の話でした。
織田信長・羽柴秀吉・明智光秀などと誰でも知っている人がいた時代なのでそれぞれの思いがよく分かり案外読み易かったです。
最初の方で京や大阪の人達からは四国は外国のように遠い国で なんと「顔も違う」「馬は犬のように小さい」とか思われていると書かれていて可笑しかったです。
四国を統一して京に上り全国統一を夢見ますがその間色々とあり(省略💦)羽柴秀吉に抑えられて土佐の1国だけを治める事になってしまいます。土佐から大阪城へ元親の使いで行った者が大阪城の余りのきらびやかさと大きさに物凄く驚く様子も土佐の城がどんなものか想像できますし、その後秀吉に謁見するために上京した元親一行を観る為に沿道に出てきた庶民が元親一行が着ている物の余りの粗末さに驚いたとも書かかれています。
上京した元親は秀吉の弟の所に泊まりますがそこで「お風呂へどうぞ」と勧められたところも可笑しかったです。土佐ではタライの水で体をふくだけだったので「どのようにして入るのか」と悩んでしまいまいお付きのものに「入り方を誰かに聞いてこい」と言いつけますが「入った事がない」という人が多くその顛末も可笑しかったしお風呂に入った後の元親は「薩摩の者たちは風呂なんて入ったことが無いだろう」と優越感も持ちました(^-^;
翌日大阪城に居る秀吉に会いに行く時「此処では1万人の女が働いている」と言われて驚きます。
四国を制定しようと戦っていた頃の元親が年を取り、秀吉に従い土佐一国の主となってからは年と共に昔の勢いや気力が無くなっていく様子がよく分かりました。薩摩征伐での戦いで長男を亡くしてからより気力が無くなっていったようです。年と共に「戦で自国の民をどれだけ亡くしたろうか」との思いも強くなります。戦国時代の話はドラマでしか知りませんし今回この本を読んで昔は通信も交通も今のように便利な手段が無い時に伝令や移動など一つの事を起こすのにどれだけの時間が掛かった事だろうと想像しました。
一時「毛利元就」に嵌り、彼の事を書いた小説を色々と読んだことがありました。
その時に「鞆の浦」というのを知り実際の景色を見に行ったことがありますが 実際に旅行などで行った所の歴史を知るのもまた違った楽しみがありますね。
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